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名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和38年(ワ)73号 判決

原告 山本みさを 外一名

被告 日本鉱業株式会社

主文

被告を債権者、原告両名を債務者とする名古屋法務局所属公証人内田慶次作成の第五八、五四九号金銭消費貸借契約公正証書に基く強制執行は、これを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和三八年七月一六日にした強制執行停止決定を認可する。

この判決は前項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、その請求の原因として

一、訴外佐竹甲子郎は昭和二八年一二月一二日被告から金七万円を利息は前払い、弁済期を同二九年二月一二日、期限後の遅延損害金を日歩金五〇銭とする約旨で借用し、原告等両名は右債務につき被告に対し佐竹与一次郎、佐竹清松とともに連帯保証(保証人は都合四名である)を為し、且つ右契約について請求の趣旨掲記の公正証書が作成された。

二、訴外人甲子郎は弁済期を過ぎた後の昭和二九年三月一七日、元金の内金として四万円と同日迄の契約通り日歩五〇銭の遅延損害金を支払い、その外にその後債務者及び保証人から被告に合計金一六万七、四〇〇円の支払をした。

三、被告は前記債務名義に基き、原告両名に対し、昭和三〇年七月九日に、元金の残額金三万円とこれに対する昭和二九年三月一八日以降三〇年五月一〇日に至るまでの日歩五〇銭の割合による遅延損害金五万八、六五〇円合計八万八、六五〇円の債権があるとして原告ら所有の動産に対する差押をしその執行手続は進行してその後原告は金五万四、一六一円を支払い、残金三万四、四八九円についての競売期日は昭和三八年七月一七日と定められた。

四、しかし「昭和二九年法律第一九五号・出資の受入、預り金及金利等の取締に関する法律」第五条により日歩三〇銭を超える金利損害金の契約及び受領を一切禁止されその違反に対しては罰則を設け、同法律は同年一〇月一日より施行されたので右日以降は前記遅延損害金の契約に基く日歩五〇銭の割合による遅延損害金の受領は公序良俗に反する無効のものとなつたから、それは利息制限法所定の範囲の年四割に縮減されねばならない。

五、その計算によれば元金残の金三万円に対する昭和二九年三月一八日から前記法律施行の前日である同年九月三〇日までの日歩五〇銭の割合による遅延損害金の額は金二万九、五五〇円となり、同年一〇月一日以降三〇年五月一〇日迄の年四割による遅延損害金の額は金七、三二六円、合計金三万六、八七六円が正当な遅延損害金の額であるから。前記請求債務八万八、六五〇円中右正当の債務六万六、八七六円を超える部分は不当であるのみならず、昭和二九年三月一七日原告らの代理人として訴外山本佐七が被告に前記二の元利金を支払う際、被告において弁済金額は債務完済には少し不足するが、原告両名に対しては残債務を免除すると約したのでこれにより本件債務は消滅している。

六、よつて被告の原告に対する残債務の存続を前提とする公正証書の執行力の排除を求める。

と陳述し、立証として〈省略〉………と述べた。

被告は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告ら主張事実のうち一、二項及び同三項の中原告主張の債務名義に基き原告両名に対し強制執行をした点のみを認め、その余の事実は全部否認する。」被告は主債務者甲子郎が金四万円返済したのみで元本残の支払をしないので原告両名に対し、右元金残及びこれに対する遅延損害金の債権ありとして前記債務名義に基づき、昭和三〇年七月九日その所有の動産に対し強制執行をしたが翌三一年五月一三日に至り、みさをの内縁の夫訴外山本佐七が原告らの代理人として、遅延損害金として金三万円(原告らはこの三万円は元本であるというがそうではなく損害金である。)を支払つた際、原告両名において同三二年二月一八日迄債務全部の支払の責に任ずるというので被告は未払の元本並びにこれに対する昭和二九年二月一八日以降三二年二月一八日に至るまでの約定の割合による損害金を合計した金一九万〇、〇五〇円の計算書を同人に手交し、同人はこれを諒承した。

被告はその後原告両名から昭和三二年二月一八日まで数回に分け金一四万五、〇〇〇円の支払を受け、本件債務の他の連帯保証人・訴外佐竹与一次郎に対し別件執行した売得金の二、一六一円を合わせ金一四万七、一六一円の滞足を受けたからこれを控除すればその時における未払残債務は金四万二、八八九円となる。その後も被告は損害金の一部を支払を受けた外は未だに元利金の完済を受けるに至らず、即ち昭和三二年二月一八日以降三七年一〇月迄の元利金未払は金三五万二、四〇〇円となる。又、原告主張の昭和二九年三月一七日に請求原因二の支払を受けた際被告会社が原告等の代理人である訴外山本佐七に対し残債務を免除した事実は否認する。と述べ立証として〈省略〉………と述べた。

当裁判所は昭和三八年七月一六日に係争の債務名義にもとずく強制競売手続を本案判決をするまで停止する旨決定した。

理由

よつて審案するに被告が原告両名を連帯保証人として訴外佐竹甲子郎に対し昭和二八年一二月一二日金七万円を弁済期日昭和二九年二月一二日、弁済期日後は一〇〇円につき日歩五〇銭の違約損害金を支払う約束の下に貸与し、その旨名古屋法務局所属公証人内田慶次作成第五八、五四九号金銭消費貸借契約公正証書が作成されたところ甲子郎は弁済期を過ぎた同二九年三月一七日元金の内金四万円と同日迄の約定日歩五〇銭の遅延損害金を支払つたが、その余を支払わないので、被告は昭和三〇年七月九日元金残三万円と、これに対する右二九年三月一八日以降同三〇年五月一〇日迄の日歩五〇銭の割合による遅延損害金五万八、六五〇円の合計金八万八、六五〇円の債権ありとして右債務名義に基き原告等所有の動産に対し強制執行をしてきたことはいずれも当事者間に争いがない。

原告等はその後昭和三二年二月一八日までに金一六万七、四〇〇円を被告に支払つたのでこれにより元利金共消滅したと主張し、その理由として昭和二九年法律第一九五号、出資の受入、預り金及び金利等の取締に関する法律が制定され同年一〇月一日施行せられた結果、右日以降約定の損害金は同法第五条の規定の適用により日歩三〇銭を超える部分の受領は公序良俗に違反し無効となつたから、利息制限法所定の年四割に縮減されねばならない旨、又重畳的に原告等は被告より同二九年三月一七日に前示元利金を支払うにあたり残りは僅少だからといつて被告より債務免除を受けた旨主張するがこの中債務免除の点については、これに沿う証人山本佐七、佐竹はんの各証言は免除を受けた時期を或は昭和三四年暮とか、又は同三三年、三一年かも知れない等と言い、それ自体極めて漠然の上、原告代理人主張の日時と喰違う許りでなく、同証言等よりも認定せられる被告が同三八年四月頃元利残三〇数万円を現に請求してきた事実等に徴し、たやすく措信し難く、他にこれを認めるに足る適確な証拠はないので右主張は採用できない。

よつて公序良俗違反の主張につき考えるに、被告が金融業を営む会社であることは弁論の全趣旨より当事者間に争いなく、本件消費貸借のなされたのは前認定のとおり昭和二八年一二月一二日であるから前示法律ならびに新利息制限法は適用されず、旧貸金業等の取締に関する法律、旧利息制限法が適用されるべきところ、被告は金融を営む会社であるから遅延損害金について旧利息制限法の適用はなかつたのであつて、それとともに契約成立後に制定施行を見た新利息制限法も同附則第四により全面的に適用がないことと成るのである。

ところが前示出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律が施行された同二九年一〇月一日以降同法は被告の如き金銭の貸付をなす者に対して適用があるところ、その第五条によれば一〇〇円につき一日三〇銭を超える割合による利息もしくは損害金を受領するのを処罰するところからみれば新利息制限法の規定の適用のない本件にあつては一日三〇銭を超えない利息もしくは損害金を受領することはこれを許容されたものと解するのが相当であるから右法律施行の日以降利息制限法の規定に従いこれを年四割に縮減されるべきものであるとの原告の主張は失当である。

それでは日歩三〇銭を超える金員の受領は如何というに、右法が利殖機関の惹き起す経済的、社会的弊害を除去することとした立法趣旨、更には同法制定以前に日歩五〇銭が公認せられていた頃と社会情勢が変り、貨幣価値の下落の度合も漸く緩まり貸金業者の金利は一般に低下の傾向にあり又低下の方向に方向ずけられるべきものとの考えの下に制定された同法制定の経過殊にその違反に対して懲役三年以下又は罰金三〇万円或はその併科という厳罰を以つて臨む趣旨等に徴すれば、日歩三〇銭を超える部分の受領は最早や公序良俗に違反し無効となつたものと解するのが相当である。そしてこれを受領することが無効であるとするならば、これを請求する権利もないこととなる。

然るに被告は昭和二九年二月一八日以降同三二年二月一八日に至るまでの約定の元利残は金一九万〇、〇五〇円と主張するので、これを前記正当な限度の割合である日歩三〇銭(但し二九年九月三〇日迄は日歩五〇銭として計算し)に引直せば右期間の適正元利残は算数上金一三万五、一五〇円となるところ、被告が昭和三二年二月一八日までに原告らより金一四万五、〇〇〇円の弁済を受けたことは被告も自認するところであるから、これにより本件消費貸借上の保証人等の債務は全部消滅に帰し、従つて前示債務名義の執行力の排除を求める原告等の本訴請求は正当として認容されるべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、強制執行停止決定の認可並びにその仮執行の宣言につき同法第五六〇条、第五四八条第一項、第二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山下進)

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